その24 なぜ日本人の女性は内股歩きが多いのか? その1

> 先日ハワイに行きましたが、JALのCAはほとんどが東南アジア系の女性。
> ハワイの観光客も台湾や中国系の人達がかなり多くいました。
> そんな中、日本人を見つけるのは簡単。
> それは日本人だけが内股で歩いているから(笑)
> アメリカ人や台湾、中国人で内股で歩いている人はいませんでした。
>
> なぜですかね?
> 足半ブログの記事に取り上げていただければ嬉しいです。
記事内容のリクエストをいただいたので、わたしなりの考察を書きます(笑)

書こうかと思っていた内容でもあるので、全然OKですが。

最近の着物雑誌や呉服屋のホームページにも、

「着物や浴衣を着るときは、足のつま先を内側へ向けて、内股ですり足で歩きましょう」

と書いてあります。

【爪先からやや内股にすり足ぎみに歩きましょう。また、歩幅は10cmくらいを目安に、ひざの間が開かないように気を付けて歩きます。】
http://allabout.co.jp/gm/gc/46530/

【ウォーキングの専門家】も仰っていますね。

そもそも着物は、日本の民族衣装であり、すべての日本人が着ていた【普段着】です。

女性が内股・すり足で、1日30〜40kmを歩き、家事や育児をしていたのでしょうか?

↓昔ってこんな感じ? というイメージがありますが・・・
長崎大学附属図書館所蔵の「幕末・明治期日本古写真コレクション」を調べてみるとおもしろい写真がありました。
だいたい200年ぐらい前の日本。
水くみをする女性たち。
こちらはGoogleで探した、大正時代ぐらいの写真。
どうですか?

着物というと、振り袖などの豪華で高価というイメージがありますが、【普段着の着物】は柄も帯もシンプル、足も内股ではありませんよね。

これが普段着としての姿です。

男性も女性も子どもも、みんなが身体を使って仕事をしていた時代です。窮屈な幅の広い帯で仕事ができるわけないのです。

だいたい昭和50年ぐらいあたりから、ほぼ洋服に切り替わったといわれています。サザエさんのフネさんも着物でしたよね(サザエさんの原作は昭和21年〜昭和49年に連載されていた)。

【普段着の着物】は消え、【特別な日に着る物】が残った、というわけです。

また、映画を発明したリュミエール兄弟は、世界各地にカメラマンを派遣し、映像を記録していきました。明治30年から明治32年ぐらいの日本の映像が、東京国立近代美術館フィルムセンターに残っています。

それがこちら。
着物の裾をみてください。ラッパのように広がっているのがわかりますよね。

自分からみて、逆ハの字で、それも大股で歩いていたそうです。

移動の手段が、徒歩がメインだった時代。

内股でしゃなりしゃなり、なんてちんたら歩いていたら日が暮れます(笑)
こちらのブログもおもしろい。

何度か彼に「どうして日本人の女の子は内股で歩くのか」と聞かれていたのですが、 どうやら彼にとってはかなりの疑問だったらしく、そのことが議論されていた ...

外国人からみても、日本人女性の内股歩きは不思議に思うのでしょうね。

アジア圏でも、正座と並んで、日本特有という感じがします。

例えば、韓国と日本の「八の字」歩きのちがい。

韓国で「八の字」歩きというのは、相手からみて「八の字」。日本では、がに股といわれ、敬遠されているアレです(笑)

日本では「内八文字(うちはちもんじ)」(地域によっては外八文字・吉原の「外八文字」、嶋原の「内八文字」といわれていた)という歩き方がありますが、これは自分からみて「八の字」。いわゆる内股です。

「内八文字」歩きは、元々遊女や芸者など、【特別な日に着る物】を着て商売をしていた方々の歩き方です。
ちなみに、「内八文字」は3年ほどかけて習得する「特別な歩き方」だったそうです。

・・・つづく

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