その3 靴の歴史

約500万年も前から二足歩行をしていた人類。

さて、人は靴をいつから履きだしたのだろう?

ワシントン大学の人類学者、エリック博士の研究によると、人類は4万年前から靴を履いていたのではないかというのだ。4万年前の靴の化石が残っているわけじゃないですが、足の骨から推定すると、靴を履いていたという説。

物が確認できる古い履き物は、BC.2000頃のエジプトで貴族がシュロの葉や動物の革でできたサンダルを履いていた。しかし、一般人は裸足。ここまでの数百万年は裸足だったんですね。

BC.100年頃のローマには街に靴屋があり、靴屋の組合まであったらしいです。革製のサンダル・スリッパ・足首まである靴。履き物の原型はこの頃に完成していたんですね。また、その頃のローマには現代のスパみたいな公衆浴場もあって、文明が進んでいたことがわかります。
BC.2000頃のサンダル

ローマ時代はこんな感じですね。コスプレだけど(笑)
さて、日本ではどうだったのか?

縄文時代にはカンジキや長靴型の革靴があったみたいです。
弥生時代には農作業用の田下駄が登場します。板に縄を張っただけの、カンジキの延長ですね。

この頃は履き物というよりも、道具の要素が高かったと思われます。

登呂遺跡で発見された田下駄(レプリカ)

古墳時代になると藤の繊維でおった布の半靴が履かれるようになる。

中国との交流の中で伝わってきたのでしょうね。

8世紀から9世紀の奈良・平安の頃には、天皇など宮中では表が彩色され内側に絹を張った烏皮沓を履き、内親王や高位の女官は緑や銀色の沓を履いた。
草履・草鞋・下駄の原型がこの頃に登場して、一般人も裸足から草履や草鞋を履くようになってくる。
上流階級の履き物が靴という感じですね。

一般人が靴ではなく、草履や草鞋を履くようになったのは、日本の風土(多湿)と作業効率が関係しているのでしょう。
鎌倉時代・・・鼻緒の履き物が盛んになり、指の割れた足袋も生まれる。

そして・・・

足半(あしなか)
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━ッ!!

蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)という、鎌倉時代後期の絵巻物に登場している。

この足半(あしなか)という踵がすっかり出てしまう履き物は、武士だけではなく、一般人にも愛用されていたとのこと。つま先だけだと、密着度が高く、水の中でも脱げにくいとう利点がある。また、履いてみるとよくわかりますが、足のアーチが強調され、踏ん張りが効きます。

信長公記』にも信長が朝倉との戦いで裸足のまま活躍した兼松正吉に褒美として足半を与える場面がある。この足半は兼松家に家宝として受け継がれて、現在は名古屋の秀吉清正記念館に寄贈、展示されている。
現代のような洋靴が履かれるようになるのは、幕末から明治の話。

西洋式軍隊訓練が盛んになり、1870年に陸軍の兵士用の靴を国内生産するために、「伊勢勝造靴場」が設立される。

1907年(明治40年)に三越呉服店でデパート初の靴売場を設け、紳士・婦人・子供靴が販売されるようになる。

一般人にも洋服着用が広まるようになるのは、大正に入ってから。本格的に広まるのは戦後の話。

道具から装飾品へ変容していくわけですが、誰もが靴を履くようになって100年も経っていないのです。

つづく

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